ほうき星パピコです。ある時はママ、ある時は妻、いつだって自分、ただ今パティシエ修行中❤ 娘ピノとパパ、うさぎのぴーちゃんとの日常をゆるりと綴っています♪

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プロフィール

ほうき星パピコ

Author:ほうき星パピコ
たのしい、おいしい、キレイが大好き❤

空の下での食事や遊び、読書など、 自然や四季を感じる生活に安らぎます

アートに触れるのも文章や絵を描くのも好きです

好奇心と自由と発見を大切に、ささやかな毎日を楽しみながら、のびやかに暮らしていけたらいいな✨

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5月の風



大好きな伯父が亡くなりました。



季節に例えるなら真夏。
色なら明るい青。



まるで健康優良児を絵に描いたように日焼けして、
短い髪をくしゃっとかきながら
「おう、よく来たのぅ」と人懐っこく笑う。



あの笑顔にもう会えないなんて。



「俺やー、胃ガンだやー、
でも薬飲んでがんばるすけ」
と申し訳なさそうに笑う伯父。



人間は月にも行けるようになったのに
どうして治らない病気があるのかな。



余命なんてただの数字だと信じていたのに
律儀な男は身辺をきっちり整理して逝ってしまいました。



温厚篤実。
人が好きでよく笑い、真面目で一本気な伯父。



いろんな人の相談を黙って聞き、
物を頼まれると「わかった」と即答してしまう。



ただでさえサラリーマンとして飛び回る上、
兼業農家で忙しい身なのに
消防団、町内会、交通安全協会、少年野球監督、子供と遊ぶボランティア等々
肩書きばかりが増えてしまう伯父。



それでも家族思いで親孝行で
年に一度はお嫁さんを連れて国内外へ旅行していました。



亡くなる1ヶ月前にはもうほとんど自由にならない体で
震災に遭った福島の親戚を見舞ったそうです。
車にありったけの物資を積んで。
「うちに避難してこい」と説得しに。



そんな伯父が最初で最後、人に頼んだことが
「後を頼む。家族を頼む。
嫁の相談にのってやってくれ」だったなんて。



死を前にして壮絶な痛みや苦しみを決して見せず、
まっすぐに生きる道を皆にしめしてくれました。



そんなに潔くならないでよ。
悔いはないなんて言わないでよ。
もっとジタバタして生きてよ。



葬儀を通じて、伯父がどれだけ多くの人々に
深く愛されたのか知りました。



斎場に入りきれず溢れる人。
読みきれない弔電、沿道に集まる人、偲ぶ涙。



親族もまた涙に暮れましたが
祖父母を始め、取り乱す人がいなかったのは
伯父を困らせたくないという思いが
それぞれの胸にあったのだと思います。



62年という人生は決して長くはないけど、愛し愛された年月。



家族が生きる理由であるように、
亡くなった人もまた生きる理由。



残された人は先に逝った人が生きた証。



いつかまた会えるというのなら、
天国行きの切符をもらえるように生きよう。



風だというなら風に吹かれ、
空だというなら空を見上げて
伯父をいつまでも心に想い続けたいです。

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